2012年5月20日・第3回公判
一 主文
1.被告人・東京電力株式会社(代表取締役社長西澤俊夫)は、人の健康に関わる公害犯罪の処罰に関する法律第2条につき有罪とし、同法律第4条を適用する。
2.被告人・勝俣恒久、同・清水正孝、同・武藤栄は、いずれも、人の健康に関わる公害犯罪の処罰に関する法律第2条及び業務上過失致死傷罪(刑法211条)につき有罪。
3.被告人・班目春樹、同・寺坂信昭、同・近藤駿介は、いずれも、業務上過失致死傷罪(刑法211条)につき有罪。
4.被告人・菅直人、同・海江田万里、同・枝野幸男は、いずれも、業務上過失致死傷罪(刑法211条)につき有罪。
二 理由
第1.
本件複合事故の概要
1.はじめに
本件事案は、直接的には2011年3月11日に生じた東日本大震災(地震及び津波)に引き続いて発生した福島第一原子力発電所における「複合事故」とその帰結について、前記被告人らの所為が、人の健康に関わる公害犯罪の処罰に関する法律2条・4条違反(主位的訴因)又は人の健康に関わる公害犯罪の処罰に関する法律3条・4条違反(予備的訴因)並びに業務上過失致死傷罪(刑法211条1項)に該当するものとして、訴追された事案である。すなわち、被告人・東京電力、同勝俣恒久、同清水正孝、同武藤栄についてそれぞれ人の健康に関わる公害犯罪の処罰に関する法律2条・4条違反並びに業務上過失致死傷罪の成立の可否が問われ、他方、被告人・班目春樹、同寺坂信昭、同近藤駿介、並びに被告人・菅直人、同枝野幸男、同海江田万里についてそれぞれ業務上過失致死傷罪の成立が問われている。被告人らの法的地位、事件当時に保有していた認識、事件当時に保有していた権限、実際に行った所為にはそれぞれ差異があるが、同一の巨大複合事件に関する刑事責任の有無が問われている。それゆえ、以下では、まず本件事故の経過、原因、帰結について検討を加えたうえで、被告人らの行為についてそれぞれ論じることとする。
1.本件事故の経過解明について
本件事故の発生原因、経過、帰結等の概要については、すでに公知の事実と言ってよいが、具体的経過や事故原因論などの詳細については未解明の部分が少なくない。
事故の概要については、政府による『東京電力福島原子力発電所における事故調査・検証委員会中間報告書 [以下、政府事故調査中間報告書] 』(2011年12月26日)、政府原子力災害対策本部による『原子力安全に関するIAEAに対する日本国政府の報告書―東京電力福島原子力発電所の事故について[以下、政府IAEA報告書]』(2011年6月)、及び被告人・東京電力株式会社による『福島原子力事故調査報告書(中間報告書) [以下、東京電力中間報告書] 』(2011年12月2日)が公にされている。
政府事故調査中間報告書、政府IAEA報告書、東京電力中間報告書のいずれも、例えば、事故原因をもっぱら津波に関連付けて説明し、地震との関連をなるべく切り離そうとしていることに対して強い疑義が表明されていることや、いずれも事故責任の解明については消極的であるばかりか、責任を隠蔽するものではないかとの指摘も強く差し向けられてきたことも周知の通りである。
刑事責任の所在の解明のためには、事故発生のメカニズムを明らかにすることが不可欠であるが、上記の3報告書はいずれも不十分なものと言わざるを得ない。
なお、国会に設置された事故調査検証委員会の報告書が2012年6月に公表される見込みであり、上記3報告書よりも相当程度に踏み込んだ詳しい内容の報告書となることが予想されるが、現時点では参照しえない。
しかし、事故発生当時の政府における担当者である被告人・菅直人以下、並びに被告人・東京電力株式会社及びその会長・社長等が訴追されている本件では、まずは政府や東京電力が公表した報告書に記載された事実をもとに事件のメカニズムについて検討を行うのが妥当であると考える。
もっとも、事故原因や、事故対処の際の官邸や東京電力内部での各人の言動については、上記3報告書では明らかにされていない。むしろ、例えば『福島原発事故独立検証委員会調査・検証報告書[以下、民間事故調査報告書] 』(2012年2月)が公にされ、その他にも科学者による分析、ジャーナリストによる取材・調査報告が多数発表されている。当法廷における証言も事実関係について言及している。
以下の事実認定に際しては、上記3報告書、とりわけ政府事故調中間報告書記載の事実を基本とし、これに明らかに疑問のある場合には、その他の報告等により補充を行うこととする。
なぜなら、3.11の東日本大震災によって福島第一原発事故が発生したこと、1号機等において水素爆発が発生したこと、これらによって厖大な放射性物質が外部に放出されたこと、それに伴い多数の住民が避難を余儀なくされたことは、公知の事実であり、争う余地のないものである。しかし、原発事故が地震に起因したのか津波に起因したのか、あるいは3号機の爆発はいかなる事態であるのかなどについては、今なお争いがある。それゆえ、事実関係について争いのある場合には、その事実を確認するとともに、政府事故調査中間報告書において認められている事実を基礎に検討を加えることが妥当である。
なお、被告人に有利な事情が記載されている文書は、民間報告書やジャーナリストの報告などいずれも採用する。
3.事実認定の基本的視座
本件事故に至る政府の原子力政策、東京電力による福島第一原子力発電所の建設・運営等の歴史的経過については、上記3報告書には十分な記載がない。本件事故に関する刑事責任の所在を解明するためには、これらの歴史的経過を無視することはできないが、本件では、3.11事故発生時の担当者に被告人が絞り込まれているため、歴史的経過を詳らかにする必要性はさほど大きくないと考えられる。
本件事故に関する刑事責任を明らかにするために事実を認定する際に、2011年3月11日以後の状況のみを認定しただけでは到底不十分であることは言うまでもないが、歴史的経過の詳細をここで確認する必要はない。むしろ、事故及び事故に至る歴史を検討するための基本的視座を明らかにしておくことこそが重要であると考えられる。
その視座は、当法廷第1回公判(2012年2月25日)における高橋哲哉証人の証言が明瞭に与えてくれている。高橋証人は「犠牲のシステム」という観点から事態を見て、次のように述べている。
「犠牲のシステムとは私の考えるに、ある者たちの利益が他の者たちの生活の犠牲の上にのみ、生み出されそして維持される、そういうシステムのことです。そこでは犠牲にする者とされる者が生まれるわけですが、犠牲にされる者の生活と申しましたが、一番ベーシックな生命が犠牲にされるということもございますし、それ以外に健康であるとか、日常であるとか、あるいは財産であるとか、あるいは人としての尊厳であるとか、あるいは生きる希望であるとか、そういったものも犠牲にされる。そういった犠牲の上にのみ、一定の人々の利益が生み出され、維持される。その場合、犠牲は一般には隠されていることが多いです。隠されていない場合には国家やあるいは社会にとっての『尊い犠牲』であるとして、正当化されている。そういうケースが見られると私は考えております」。
この観点から、高橋証人は、本件事故のような過酷事故について、次のように述べている。
「このような過酷事故の可能性は、日本国が原発を国策として推進してくる過程で、十分想定できたことだと私は思います。想定できたにも関わらず、そのような過酷事故は起こり得ないと、安全であると、多重防護のシステムをとっているのでどんな自然災害に対しても安全であると、そういう説明がなされてきました。しかし、私はそもそも東京電力の原子力発電所が福島および新潟という、福島県・新潟県は東北電力の管内であるにも関わらず、こうした地方に作られているということ自体が、過酷事故を想定してのことであったとしか考えられないと思います。原発に関する立地指針というものがございますが
……、立地指針の中に、これは60年代に作られたものですが、『重大事故』あるいは『仮想事故』というものを考慮して、原発を低人口地域に作るということが定められていたわけですね。他方、大都市周辺には作らないということも法令の中に定められている。つまり東京電力の管内には東京首都圏という膨大な人口集積地帯がありますので、ここで過酷事故が起こった場合の犠牲と福島ないし新潟でそれが起こった場合の犠牲、これを考えて、人口の過疎な地域に原発を立地してきた。すなわち、そこでは過酷事故が起こる可能性が実は想定されていたのです。にも関わらず、安全性のチェックを怠ってきた。これが今回の事故の背景にあると私は考えます」。
すなわち、過酷事故などの重大事故の発生を予測したがゆえに、人口密集地ではなく、福島県に本件原発を設置したのであり、事故発生に際して地元住民に被害が生じることを計算に入れていたものである。それにもかかわらず、安全対策を怠っていたのではないかということが、本件事故によって深刻に問われることとなった。
4.本件事故の原因について
政府事故調査中間報告書は、「Ⅱ 福島第一原子力発電所における事故の概要」の「3 現在判明している福島第一原発における被害の概要」において、「福島第一原発に所在する施設・設備の多くは、地震、津波、炉心損傷の進行又は水素ガスによると思われるR/B内の爆発により物理的に損傷し、あるいはその機能を喪失していったものと考えられる。しかし、いまだR/B及びその周辺の放射線量が高く、また、R/Bには高線量の汚染水がたまっていることなどから、かかる被害内容の詳細を直接確認することが極めて困難な場合が多い。このような制約の下で、これまでの調査に基づき言及できる範囲内で、福島第一原発の主要施設・設備の被害概要を次のとおりまとめた」としたうえで、原子炉圧力容器については、「現時点では、圧力容器の損傷・機能の状況の詳細は不明である。なお、1号機から3号機までの圧力容器については、地震発生後間もなく、全制御棒が全挿入されて原子炉はスクラムしたものとみられ、また、津波到達までの間に圧力容器の損傷を窺わせるような形跡は把握されていない」とする。
また、原子炉格納容器については、「現時点では、格納容器の損傷・機能の状況の詳細は不明である。なお、1号機から3号機までの格納容器については、地震発生から津波到達までの間、D/W圧力、S/C圧力及びS/C水位の各計測値の傾向を見る限り、格納容器の損傷を窺わせるような形跡は把握されていない」とする。
次に、1号機のみに設置された非常用復水器(IC)については、「ICは、地震発生後間もなく自動起動し、当直が隔離弁の開閉操作を繰り返して原子炉圧力を制御しており、津波が到達するまでは、格納容器内外を問わず、ICの機能を損なうような損傷を受けたことを窺わせる形跡は見当たらない」が、津波到達後に「1号機の全ての交流電源及び直流電源が喪失したため、フェイルセーフ機能が作動し、全ての隔離弁が全閉又はそれに近い状態となったことから、ICの冷却機能はほとんど発揮されなかった可能性が高い。なお、ICの具体的な損傷の詳細は現時点で不明」という。
また、2~6号機に設置されている原子炉隔離時冷却系(RCIC)については、「2号機及び3号機では、地震発生後間もなく、当直がRCICを手動で起動させるなどして原子炉圧力を制御していたことなどから、津波が到達するまでの間、RCICはその冷却機能を損なうような損傷を受けなかったと推認される」とし、津波到達後に、例えば2号機について「津波到達後、フェイルセーフ機能が作動する前に開状態となっていた隔離弁の駆動用電源が失われたため隔離弁が開状態のままとなった。よって、ある期間は冷却機能が働いていた可能性はあるものの、制御不能の状態になっていた」としている。
すなわち、政府事故調査中間報告書は、主要な事故原因を津波に求めるべく、損傷の詳細が不明であるにもかかわらず、おしなべて津波到達以前には損傷がなく、津波到達後に損傷したものと記述を「整理」していることが容易に判明する。事故原因の解明には関心を有していないようである。
この点につき、すでに疑問が指摘されているところである。当法廷第1回公判における山崎久隆証人の証言によると、事故の概要は次のようにまとめられる。
「まず、2011年3月11日午後2時46分ごろに襲ってきた地震により、原発の建物内に相当程度の損傷が発生しました。これはまず地震です。その状況について正確にわかっているのは、まず外部電源システムがこの地震の揺れで、全滅しました。これは福島第一に限ってですが、その結果、外部電源喪失を起こしました。/そのため非常用ディーゼル発電機などが起動をし、その時点では冷却能力は維持していたと考えられますが、しかしながら部分的な損傷が原子炉建屋内に起きていたと考えられ、放射性物質の漏洩が始まっていたと想定をされています。これがのちのち、事故収束過程において、重大な影響を与えていきます。/その40分後に、津波が襲ってきます。その津波により電源設備のうち、構内の主電源板、非常用電源と常用電源が併せて水没をします。その結果、非常用ディーゼル発電機、全13台のうち12台が使用不能となります。これはディーゼル発電機そのものが壊れたというよりも、構内電源設備が被水―水を被ってしまったために、通電不能になった。唯一残ったのは6号機の1基だけ。これは空冷システムであったために、水を被ることもない位置にあり、かつ電源を供給する能力を維持していましたので、それに連なっていた5号機、6号機の燃料を冷却することはできました。/しかしながらあろうことか、同じ敷地内に建っている1から4号機の原発に対しては5、6号機から送電線が延びておらず、そのまま電源を失ったまま推移をし、結果的に1から4号機は全電源喪失状態が数日間にわたり続き、その結果、原子炉で燃料が崩壊し溶融していったと、そういう経過をたどっております」。
本件事故と地震との関係については、政府事故調査中間報告書はこれを消極的に解釈し、山崎久隆証人は、津波到達以前に「放射性物質の漏えいが始まっていた」と疑念を提起している。山崎久隆証人は、その著書においても、1号機、2号機、3号機について、地震による配管破損の疑いが強いことを論じている(槌田敦・山崎久隆・原田裕史編『福島原発多重人災東電の責任を問う』日本評論社、2012年、24頁)。
本論点については、すでに田中三彦による問題提起が知られる(田中三彦「原発で何が起きたのか」石橋克彦編『原発を終わらせる』岩波書店、2011年、3~34頁)。田中三彦は「格納容器最上部のフランジ部分からの蒸気漏出」等をもとに、地震発生時に原子炉配管の破断・破損の可能性があり、原発事故は「想定外」の津波によって初めて生じたとは言えないことを明らかにしている。田中三彦は次の3点を結論として示した。「1号機においては、地震発生直後に、なにがしかの原子炉配管で小規模ないし中規模の冷却材喪失事故が起きた可能性がきわめて高い」。「1号機の圧力抑制室の一部が地震発生直後に破損したか、激しいスロッシングが起きたために圧力抑制機構が有効に作用しなかった可能性が高い」。「2号機において、圧力抑制室の外で水素爆発が起きたのは、地震直後に圧力抑制室が損傷したためと推測される」(上掲書31~32頁)。
また、槌田敦も「事故は地震で始まった」と明快に述べ、東京電力中間報告書の「津波」説の誤りを指摘している。1号機については冷却失敗や配管破損により、津波到来時にはすでに炉心崩壊になっていた可能性が高いという(槌田敦・山崎久隆・原田裕史編上掲書68~73頁)。
5.本件事故の帰結について
政府事故調査中間報告書は、「4 福島第一原子力発電所事故に伴う被災状況」において、「(1)放射性物質の環境への放出状況等」として、原子力安全・保安院(以下「保安院」という。)は、福島第一原発における事故に起因して、その1号機、2号機及び3号機から大気中に放出された放射性物質の総量を推計し、4月12日と6月6日の2回にわたり、その結果を公表した。6月6日に公表された推計総放出量は、ヨウ素131が約16万テラベクレル、セシウム137が約1.5万テラベクレルであった。なお、これらのヨウ素換算値は約77万テラベクレルとなる。また、原子力安全委員会も、同事故に起因して、大気中に放出された放射性物質の総量を、保安院とは異なる手法により推計し、4月12日と8月24日の2回にわたり、その結果を公表した。8月24日に公表された推計総放出量は、ヨウ素131が約13万テラベクレル、セシウム137が約1.1万テラベクレルであった。なお、これらのヨウ素換算値は約57万テラベクレルとなる」としている。
すなわち、政府事故調査中間報告書は本件事故の経過に即して順次放出された放射性物質について、その経過ごとの放出状況を明らかにせず、放出した放射性物質の総量についてのみ記述していることが伺える。事故の原因、経過、帰結の総体を明らかにするという視点を欠いた報告書のため、重要な事実関係が明らかにされていない。
政府事故調査中間報告書は、続いて「(2)被ばく者の概要」において、「a
作業員の被ばくの状況」として、本件事故に係る緊急作業によって、250mSv を超えて被ばくした者は6人であることを明らかにし、「b 建屋の爆発による負傷者」において、作業員、自衛隊員、東京電力職員の負傷を明示した。次に「c
住民の被ばくの状況」として、「福島県では、3月12日以来、住民のスクリーニングを行っている。10月末までに23万2,000人余りがスクリーニングを受けた。当初、福島県は、放射線測定器で1万3,000cpm(回/分)を超えた者に全身除染を行っていたが、3月14日、それまでのスクリーニングの状況を踏まえ、全身除染を行う基準を10万cpmに引き上げた。今般の事故に係る影響によって、10万cpm 以上であった者は102人、1万3,000cpm 以上であった者は1,003人であった」としている。
最後に、政府事故調査中間報告書は「(3)避難者の概要」として、「福島第一原発における事故を受け、国の原子力災害対策本部は、原災法に基づき、福島第一原発から半径20km 圏内を警戒区域に、事故発生から1年間の積算線量が20mSv に達するおそれのある区域(警戒区域を除く。)を計画的避難区域に、今後なお緊急時に屋内退避や避難の対応が求められる可能性がある区域(警戒区域及び計画的避難区域を除く。)を緊急時避難準備区域に指定した」とし、原子力災害対策本部事務局作成資料を基に、これらの措置により「これまで、約11万4,460人が避難した」とまとめる。
第2.本件事故による被害
1.起訴状記載の被害事実
起訴状記載公訴事実中の被害事実は次の通りである。
「同第一原発の半径20キロメートル圏内を多量の放射性物質で汚染し、地震及び津波の被災者の救助・捜索は困難にし、汚染がなければ救助可能であった被災者を死亡させた。また、同圏内における居住を困難にするとともに、企業、農業、酪農業、漁業などの経済活動を停止に追い込んだ。さらに、第一原発から半径30キロメートル圏外の飯舘村、福島市、郡山市等においても多数の者を大量の被曝に晒し、もって、これらの者に遺伝子損傷、免疫機能の低下、持続的(慢性的)炎症等の身体的傷害及び抑うつ状態等の精神的傷害の危険を生じさせたのみならず、第一原発の南西約4キロに位置する福島県大熊町内所在の医療法人博文会双葉病院の入院患者らを重度の被曝に晒し、さらなる被曝を避けるべく実施された緊急避難等によって、同入院患者ら50名を死亡させ、2011年3月には須賀川市在住の有機農業従事者を、同年4月には飯舘村在住の102歳の男性を、同年6月には相馬市在住の酪農従事者及び南相馬市在住の93歳の女性を、放射能汚染により絶望に陥らせ、自死に至らせるなど、公衆の生命及び身体に危険を生じせしめたものである。」
これは被害事実のすべてではなく、本件事故の被害があまりにも巨大であり、到底その全貌を明らかにすることができないこと、及び、仮に全貌を明らかにすることができたとしても、法益主体ごとにそのすべてを記載するならば、おそらく被害事実の列挙だけで数百ページに及ぶため、そうした煩雑な手続きを避けて、被害の一部に絞って例示したものと考えられる。
2.政府事故調査中間報告書及び東京電力中間報告書
政府事故調査中間報告書は、前節で引用したように「4 福島第一原子力発電所事故に伴う被災状況」において、「(1)放射性物質の環境への放出状況等」、「(2)被ばく者の概要」の「a作業員の被ばくの状況」「b 建屋の爆発による負傷者」、及び「(3)避難者の概要」の記載があるが、民間住民の被害については「今般の事故に係る影響によって、10万cpm 以上であった者は102人、1万3,000cpm 以上であった者は1,003人であった」、「約11万4,460人が避難した」とするのみである。政府事故調中間報告書は、事故原因に関心を持たないだけではなく、事故の被害の全貌を明らかにする姿勢も持っていない。
なお、原子力損害賠償紛争審査会資料「自主避難関連データ」(2011年12月6日)によると、政府の指示等による避難が10万0,510人、「自主避難」が5万0,327人、合計15万0,837人とされている。
他方、東京電力中間報告書は、事故の被害について一切言及していない。
3.本件事故の被害を認識するために
前節「3.事実認定の基本的視座」で引用した、高橋哲哉証人の「犠牲のシステム」論は、本件事故の被害を認識するための一つの手がかりを提供している。
すなわち、第1に、「過酷事故の可能性は想定されていたからこそ、人口過疎の地域にのみ原発が立地されてきた」。第2に、「被曝労働者」は「平常時の作業でさえ被曝を余議なくされて、そして中には健康を害し、また亡くなったりする人も出ているが」、「今回のようなシビアアクシデント―過酷事故が起これば、それを収束させるために通常の基準をはるかに超える線量の基準のもとで、膨大な人が今、事故の収束のためということで被曝しながらの労働を余儀なくされている」。第3に、「ウラン採掘現場で採掘労働者の人々が被曝する」。第4に、「いわゆる放射性廃棄物」の処理の際の被爆である。これは原発というシステム全体の特徴であるが、原発事故における被害を認識するためには、福島第一原発そのものに視点を閉ざしてはならないことを示唆している。原発の設置・運営についても、原発事故の対処についても、事案の全体像を視野に入れて、個別の事象の把握に努める必要がある。
起訴状記載の被害事実に即してみても、次のような被害が列挙されている。
(1)「同第一原発半径20キロメートル圏内は多量の放射性物質で汚染され、地震及び津波の被災者の救助・捜索は困難となり、汚染がなければ救助が可能であった被災者を死に至らしめた」。
(2)「同圏内における居住を困難にするとともに、企業、農業、酪農業、漁業などの経済活動を停止に追い込んだ」。
(3)「第一原発から半径30キロメートル圏外の飯舘村、福島市、郡山市等においても、多数の者を大量の被曝に晒し、もって、これらの者に遺伝子損傷、免疫機能の低下、持続的(慢性的)炎症等の身体的傷害及び抑うつ状態等の精神的傷害を生じさせた」。
(4)「第一原発の南西約4キロに位置する福島県大熊町内所在の医療法人博文会双葉病院の入院患者らを重度の被曝に晒し、さらなる被曝を避けるべく実施された緊急避難等によって、同入院患者ら50名を死亡に至らしめ」た。
(5)「2011年3月には須賀川市在住の有機農業従事者を、同年4月には飯舘村在住の102歳の男性を、同年6月には相馬市在住の酪農従事者及び南相馬市在住の93歳の女性を、放射能汚染により絶望に陥らせ、自死に至らしめた」。
このように本件事故がもたらした人的被害及び物的被害は、あまりに巨大であり、広範囲に及び、その一つひとつを列挙することは到底不可能である。換言すれば、起訴状の被害事実の記載は、適用されるべき法令及び罰条に照らして、本件事故による被害のごくごく一部だけを切り取って法的に整理したにとどまり、本件事故の被害の実相を示すものとはなっていない。
4.原賠審中間指針
原賠法第18条2項2号に定める「紛争の当事者による自主的な解決に資する一般的な指針」として作成された原子力損害賠償紛争審査会『東京電力株式会社福島第一、第二原子力発電所事故による原子力損害の範囲の判定に関する中間指針[以下、原賠審中間指針]』(2011年8月5日)は、その性格上、損害の全体像を示すものではなく、多くの欠落を抱えていると批判を受けている。とはいえ、少なくともこれだけの事項が損害賠償に該当するという最低限を示したものとして理解するならば、ここで参照するに値する。
原賠審中間指針は物的損害に傾き、人的損害に差し向ける視線の弱さが指摘されるが、人的被害については次項で改めて検討することとし、ここでは原賠審中間指針の概要を見ておくことにする。
原賠審中間指針は大きく8種類の損害に分けて整理している。
(1)
政府による避難等の指示等に係る損害――検査費用(人)、避難費用、一次立入費用、帰宅費用、生命・身体的損害、精神的損害、営業損害、就労不能等に伴う損害、検査費用(物)、財産価値の喪失・減少等。
(2)
航行危険区域等及び飛行禁止区域の設定に係る損害――営業損害、就労不能等に伴う損害。
(3)
政府等による農林水産物等の出荷制限指示等に係る損害――営業損害、就労不能等に伴う損害、検査費用(物)。
(4)
その他の政府指示等に係る損害――営業損害、就労不能等に伴う損害、検査費用(物)。
(5)
風評被害(農林漁業・食品産業、観光業、製造業、サービス業、輸出等)――営業損害、就労不能等に伴う損害、検査費用(物)。
(6)
間接被害(第一次被害者との経済的関係を通じて第三者に生じた被害)――営業損害、就労不能等に伴う損害。
(7)
放射線被曝による損害――急性、晩発性の放射線障害による生命・健康被害に伴う逸失利益、治療費、薬代、精神的損害等。
(8)
その他――地方公共団体または国の財産的損害。
「放射線被曝による損害」を風評被害や間接被害よりも後に位置付ける姿勢そのものが問われるべきであるし、物的損害についてもごく一部しか取り上げていない。
例えば、建造物損壊についてはまったく触れられていない。大量の放射性物質の放出によって、15万もの人々が避難を余儀なくされたが、その後も、自宅や周辺が放射能汚染されているために自宅に帰ることができない人々が多数いる。建造物損壊罪(刑法260条前段)における「損壊」とは、建造物の物理的損壊に限らず、その効用を害する一切の行為が含まれるというのが判例・多数説である。最高裁判例は、例えば、一度に数百枚あるいは数千枚のビラ貼りによって建造物損壊罪が成立することがあるとしている(最高裁決定1966年6月10日刑集20巻5号374頁)。公園内に設置された公衆便所にペンキで文字を大きく書いた場合についてさえ、外観を著しく汚染したとして建造物損壊罪の成立を肯定している(最高裁決定2006年1月17日刑集60巻1号29頁)。これらの判例に対しては、学説から厳しい批判を受けているものもあるが、現在の最高裁判例として理解されている。物理的に損壊していなくても、その効用を害した場合、つまりその本来の目的に使用できなくなった場合に建造物損壊罪が成立する。福島第一原発からの大量の放射性物質の放出によって、数知れない家屋(建造物)が人の居住に使用できなくなったことは明らかである。
このように、原賠審中間指針は重要な損害に目を閉ざしている。
だが、少なくとも人的損害について、非常に広範囲にわたって損害を及ぼしたことが明らかにされ、必要とされる賠償の指針として示されているとは言えよう。
5.本件事故による人的被害の類型
それでは人々の被害をどのように把握するべきであろうか。人々の被害は、事故当時に居住していた場所、家族構成、職業、生活スタイルなど個人ごとに異なるので、安易に類型化することはできない。
本決定において被害の全体像を十分に明らかにすることはできない。とりわけ物的被害については、本件訴因に含まれていないので、ここでは言及しない。以下では、当法廷における申立人の意見陳述を手掛かりとして、人的被害に限って、その類型を例示するにとどめる。
(1) 死傷者
政府事故調査中間報告書によると、本件事故による死者は存在せず、作業員の一部が負傷したのみであって、作業員等以外に負傷者は存在しないことになっている。
この点につき、申立人・村田弘は、当法廷第1回公判において、地震と津波による被災者の中には原発事故のゆえに「救助と捜索が、1カ月近くも放置された」事実に言及して、「政府も東電も、今回の原発災害による一般の死者はゼロとしています。とんでもないことです。ほとんどが、闇の中にあるというだけです」と証言している。
また、同・村田弘は、福島県発表の「市町村別人口動態」によると、「2011年3月1日から12月31日までに亡くなった方は2万1千人余りでした。前年同期より9千人近く増えています。地震・津波の犠牲者を差し引いても、前年に比べ7千人も増えているのです」と言う。
この数値が示すことは、事故の影響下において数知れぬ命が失われたであろうこと、救われることなく消えて行ったであろうことである。これらの生命喪失について、捜査機関は何一つ捜査を遂げることなく放置してきたことになる。一人ひとりのかけがえのない命が、かくも無残に失われ、忘却され、顧みられることなく「市町村別人口動態」という形でしか記録されていないことを、村田弘の痛切な思いとともに、ここに記録しておきたい。
すでに東京地検などが、被害者の特定ができていないことや、因果関係が解明されていないことを仄めかして、訴追は不可能と唱えているが、疑問である。第1に、捜査自体が全く行われていない。警察・検察が捜査を行えば容易に判明する事実であるにもかかわらず、事件から1年2カ月を経たにもかかわらず、捜査そのものを怠っている。第2に、福島第一原発周辺の立ち入り禁止区域について言えば、被告人らによる大量の放射性物質放出によって捜査が困難になっている。これは政府による事実上の証拠隠滅行為である。
(2)自死に追い込まれた人々
起訴状が引用する例に見られるように、原発被害によって自死に追い込まれた人々がいる。故郷における暮しを破壊され、仕事を奪われて絶望し、なかには足手まといになることを避けるために、数々の人々が自ら死を「選ぶ」ことを余儀なくされた。被告人らが自殺関与罪を犯したわけではないとはいえ、それ以上に重大な犯罪を行ったと言うべきではないだろうか。実際に自死に追い込まれた人がどれだけいるか、捜査機関は捜査を行っていないようであり、公的な統計がない。
アミカス・キュリエが指摘するように、自死に追い込まれた者の「意思」と「行為」によって行われた自死について、被告人らに致死の刑事責任を問うことは困難である。しかし、被告人らの行為による史上類を見ない規模の巨大複合事故によって自死に追い込まれた人々が多数いたことを確認しておく必要がある。
(3)避難を余儀なくされた人々
原発事故の衝撃、被曝を避けるためその他の理由から避難を余儀なくされた厖大な人々がいる。日本政府事故調査中間報告書によると「約11万4,460人」とされている。原賠審によると、これらの避難者は、情報のないままに恐怖の逃避行を余儀なくされ、それまでの生活を奪われ、故郷を離れ、土地や家屋から切り離された。あるいは家族が離れ離れになり、あるいは子どもの安全を考えては悩みに悩んで故郷を離れなければならないなど、それぞれに、苦悩と不安の日々を過ごさなければならなかった。
当法廷第1回公判において、申立人・亀屋幸子は「浪江には普段は車で10分ほどで行けるのですが、みんな逃げ出していて道は車で混んでいるし、道路はあちこち壊れてまっすぐ進めないのでなかなか進まず、着くまで4〜5時間も掛かりました。その晩は、どの家も壊れて入れるはずもなく、お餅があったので2 個食べて、車の中で寝ました」、「すべてなくなって、いつ、どれだけ出費があるかわからないので、年金を節約、節約して生活しています。見通しのない節約、節約の生活は大変です。だけど私たちには年金があります。一番かわいそうなのは若い人たちです。仕事がないから。この人たちを早くなんとかしてあげて欲しいと思います」と述べている。
いったん避難を余儀なくされた申立人・武藤類子は、次のように述べている。
「昨年は春の山菜も桑の実もドングリも食べることができませんでした。畑の作物も作りませんでした。汚染された薪をストーブで燃やすこともできませんでした。森に生きるあらゆる命が放射能を浴びました。16年に及ぶ私の山の暮らしはもう戻りません。里山喫茶『燦』も閉じました。原発事故がもたらすものの大きさを身にしみて感じています」。
生活が破壊され、家族が離れ離れになるだけではない。人々が分断され、対立させられる。武藤類子は次のようにも述べている。
「一年が過ぎようとする今、福島では、避難、賠償、除染などをめぐり人々の分断がますます深まっています。小さな公民館の集まりや乳がん撲滅の集会に潜りこむように安全キャンペーンが続けられています。友人の子どもは学校で『原発がなければ困るんだ』と先生から教えられ帰ってきました。自主避難先に電話をし、帰宅を呼びかける自治体があります。また大きな余震が来て更なる原発の事故が起こることを恐れ、常に車のガソリンを満タンにし、避難用具を揃えている人もいます。しかしこんな状況に疲れ果てた人々は、放射能への警戒をふと手放してしまいます。仲の良かった人々がしだいに遠のき、引き裂かれていくことは本当に悲しいことです」。
原発事故が地域を分断し、人間的諸関係を切り裂いていることがわかる。
子どもの安全のために避難した先でも生活の苦労に追われる。申立人・増子理香は、避難先での「二重生活」について次のように語る。
「残して来た車のローン、低額とはいえ住居の家賃、光熱費。福島に帰ればタンスに仕舞ってある娘の冬のコートや下着、遠足のリュックサック、バスタオル。鍋、食器、暖房器具。娘のオモチャまでも……。すべてのものは、福島と東京と二重にかかるのです。収入は、増えず、出費はかさむばかりです。 福島で娘に習わせていた塾などもあきらめ、それらの費用を生活費にあてるような生活をしています。また、年金や健康保険は滞納し、毎月の帳尻を併せています。そのようにやりくりするしか、生活のすべはありません」。
(4)被災地の人々
避難はしていなくても、被災地の人々も重大深刻な多数の被害を受け続けている。水素爆発をはじめとする事故情報による精神的衝撃、放射能の不安、農業をはじめとする仕事の喪失、地価等の低下による財産損害など実に多様な被害である。これらの損害は非常に錯綜し、複雑である。精神的損害についてみると、水素爆発をした時点での精神的衝撃、その後の政府情報のあいまいさや情報隠蔽の疑いなどが知られるたびに思い知らされた疎外感、長期にわたる放射能の不安、物的損害によるさらなる精神的被害など、実に多様な被害が生じている。
申立人・設楽俊司は次のように述べた。
「私や(自立生活センターの)スタッフが放射線に対する恐怖と毎日向き合う生活が始まり、超巨大怪物に立ち向かっているような感覚に襲われ、精神的なダメージを受けました。精神的に不安定な状態になり、ILセンター福島でスタッフのみんなを怒鳴りつけるようなことを行ってしまいました。その結果、私はILセンター福島の所長を辞めることになりました」。「今回の原発震災での被害者へ様々な補償を行っている最中(原子力損害賠償紛争解決センターの一般基準)であるとは思いますが、それでも私をはじめとした数多くの人間がその補償対象からこぼれ落ちてしまうと思います。そういった人々への補償を行うことで初めて原発震災への対応ができたと言えるのではないでしょうか、被災者すべてに対してきちんとした補償を行わない限り、私も損害賠償請求を起こすことも辞さないつもりであります」。
また、申立人・大河原多津子は次のように述べた。
「2011年、春から夏にかけて、顧客は次々と離れて行きました。避難された方もいます。『福島県内の農産物は、口にしたくない』と、電話で、あるいは手紙で、関係は断たれました。頭の中をグルグル回るお客様の言葉に、周囲の空気が薄くなり心がねじ伏せられるように感じながらも、納得せざるを得ませんでした。農薬・化学肥料を嫌って私たちの農産物に価値を見出してくださった方々に、『放射性物質は空から降ってきたもの、私たちの故意によるものではないのだから、受け入れてくれ』とは、どう考えても言えませんでした」。生産者と消費者とが長年にわたって築き上げてきたネットワークが破壊されたのである。
申立人・佐々木慶子は次のように述べた。
「2011年3月11日以降、私たちはそれまでの美しく、自然豊かな『ふるさと福島』を失ってしまいました。子どもは戸外で遊べなくなり、窓を開けて風を呼び込んだり、布団や洗濯物を天日に干すことをためらうようになりました。代々受け継がれてきた天日干しの梅干し、干し柿、沢庵、米・稲藁、椎茸……先人たちから善とされ、是とされてきた自給自足、地産地消、自然遊牧、有機農法……作っても売れず、送れず、食べられず、そのほとんどが放置されました。天の恵み、地の恵み、海の恵みをありがたくいただいて生きる糧にできない所になってしまったのです。子ども、妊婦、若者たちが住むには安全でない所になってしまったのです」。
以上の3人の申立人の陳述を見るだけでも、被害状況が多様であることが明らかである。その他の多くの被害者にも、それぞれ重大な被害が生じているが、安直に類型化して済ますことはできない。一人ひとりの命があり、暮しがあり、家族、友人、地域とのつながりがあり、長年にわたって築き上げてきた人間関係があるが、ことごとく破壊され、妨害され続けている。それどころか、さらなる分断にさらされている。
(5)福島県以外の各地の市民
本件事故の主要な被害者は、何よりも原発設置自治体の住民であり、周辺地域住民であり、さらには福島県民である。しかし、福島県民だけが「被害者」ではない。東北地方のすべての住民が被害者であり、さらには首都圏住民、ひいては日本全国の人々がさまざまな影響を受けた被害者である。
法律論だけではなく、福島県に親戚や知人のいる人物が受けた精神的被害も、事実としては考慮する必要がある。安全な飲料水を求めてペットボトルを買いに走らざるを得なかった人々が多数いる。2011年の首都圏における「計画停電」被害もあれば、放射性物質への不安から子どもたちを守るために情報収集や対策を必死に行わなければならなかった家族がいる。さらには、被災地の瓦礫処分に関連して瓦礫受け入れをめぐって再び情報収集と激しい論議に追われた市民がいる。これらもすべて原発事故の「被害者」である。
(6)世界の人々
同様に、福島第一原発事故は「フクシマ」の名を世界に轟かした。世界中の人々が無理やり「目撃者」にされ、2011年3月に何かを失った。水素爆発の衝撃映像に心臓が止まるほどの恐怖を感じたすべての人々が「被害者」である。
もちろん、ここで言う「被害者」とは、本件起訴状に掲げられた人の健康に係る関わる公害犯罪の処罰に関する法律違反や業務上過失致死傷罪の被害者というわけではない。だが、形式的に法律上の被害者を確認することだけが民衆法廷の任務ではない。
ここで問われているのは、本件起訴状で告発された被告人だけではなく、福島第一原発事故を防ぐことのできなかった日本社会構成員、とりわけ選挙権をはじめとする政治的権利を保持し行使してきた日本の有権者全員の思想と意識である。「フクシマ」の衝撃の「被害者」でありつつ、同時に世界の人々との関係では「加害者」の側に置かれている民衆が、自らの責任を問い直すために、民衆法廷が開廷されているのである。
第3.放射性物質放出の4局面
本件事故による被害は前節で述べたように非常に巨大であるが、起訴状における訴因は人の健康に関わる公害犯罪の処罰に関する法律違反と業務上過失致死傷罪である。本節では、これらの罪について検討するための前提として、放射性物質放出の局面を4つに分類する。
被告人・東京電力、同・勝俣恒久らに対する起訴状記載の公訴事実によれば「地震、津波、シビアアクシデント及び水素爆発等の防止に対する対策を行い、放射性物質が環境中に排出されることを防止する注意義務があり、この注意義務を怠った場合には大量の放射性物質が環境中に排出され、第一原発の近隣のみならず広範囲に居住する公衆の生命又は身体に危険が生じることを認識しながらあえてこの対策を行わなかった。これにより、2011年3月11日、同1号機乃至3号機において炉心溶融(メルトダウン)を発生させるとともに、同1号機、3号機及び4号機において原子炉建屋の屋根を破損する水素爆発を発生させ、77京(77×10の16乗)ベクレルに及ぶ大量の放射性物質を環境中に放出させた」とされる。
注意義務違反の有無は別として、「大量の放射性物質を環境中に放出させた」事実については、公知の事実であり、政府事故調査中間報告書及び東京電力中間報告書もこれを認めている。
しかし、被告人らの刑事責任を論定するためには、本件事故における放射性物質の放出過程を、さらにきめ細かく認定することが必要と思われる。なぜなら、例えば、水素爆発による放射性物質の拡散があまりにも衝撃的であるがゆえに見落とされがちであるが、水素爆発以前に、すでに放射性物質が漏出していたとの記録がある。槌田敦によると、1号機について「一般には、この爆発で放射能が大量に漏れたと思われているが、環境への放射能の放出は格納容器のベントによるものであって、この建屋の天井での水素爆発によって放射能が放出されたのではない」という(槌田敦・山崎久隆・原田裕史編前掲書77頁)。
そこで、本件事故における放射性物質の放出について、時系列に従って見て行くと、少なくとも次の4つの局面があったものと考えられる。
(1) 第1局面
福島第一原子力発電時において排出基準を上回る放射性物質が外部に放出されたのは、水素爆発が最初でもなければ、格納容器のベントが最初でもない。田中三彦が「格納容器最上部のフランジ部分からの蒸気漏出」を指摘しているように(石橋克彦編前掲書)、津波以前に、地震による配管破損が生じて放射性物質が建屋内に漏出し、その一部が外部に漏出したと考えられる。政府事故調査中間報告書や東京電力事故調査中間報告書は、この局面にはあえて言及していないが、客観的事実として、漏出があったものと考えられる。
放射性物質の外部放出がなぜ、いかに発生したかという観点では、第1局面の放出は、地震による配管破損などの事故による疑いが極めて強く、原子炉の耐震設計にミスがあったことが原因と考えられる。すなわち、原子炉設置者・運営者の過失による放出である。
(2) 第2局面
次に、格納容器のベントである。3月12日0時06分、吉田昌郎所長が1号機のベントを進めるよう指示したが、準備に時間を要した。被告人・海江田万里経済産業相は6時50分に、1、2号機についてベント実施の命令を出した。1号機においては、一つ目の弁は手動で開けたが、現場の放射線量がきわめて高く作業が難航し、手動による弁の開作業を断念し、遠隔操作によりベントが実施できたのは14時50分であった。吉田昌郎所長の命令から14時間後のことである。これにより排出基準を上回る放射性物質が外部に排出されたが、ドライウェル圧力が低下して、原子炉の爆発を防ぐことができた。もっとも、別の形で水素爆発が起きてしまう。2号機でもベント作業が行われたが、ベントが実施できたか否かは明らかとなっていない(以下、民間事故調査報告書による)。
第2局面の放出は、菅直人首相の要請に応じてベントが準備され、実施に時間を要したことから、海江田万里経産省によるベント命令が出され、その後に1号機におけるベントが実施された。すなわち、官邸による要請ないし命令を受けて実施されたベントにより大量の放射性物質が外部に放出されたのであり、これは故意による放射性物質の放出である。
なお、緊急時のベント実施による放射性物質の外部放出を少しでも減らすためにフィルター設置が必要であったが、福島第一原発ではフィルターは設置されていなかった。
(3) 第3局面
次に、水素爆発である。3月12日15時36分、1号機原子炉建屋で水素爆発と考えられる爆発が発生し、原子炉建屋の壁の一部が吹き飛び、これに伴って大量の放射性物質が外部に排出された。3月14日11時01分、3号機原子炉建屋で水素爆発と考えられる爆発が発生し、建屋が大きく損傷し、これに伴い大量の放射性物質が外部に排出された。さらに15日6時10分頃、4号機建屋において水素爆発と考えられる爆発が発生した。4号機燃料プールでは燃料が露出することはなかった。
当時は2号機でも爆発のあったことが伝えられたが、現在、2号機では水素爆発はなかったと考えられている。3号機の爆発については、吹き上げた黒煙等を理由に、水素爆発ではないのではないかとの指摘も強くなされている。4号機の水素爆発については、3号機から漏出した水素が爆発したものと考えられている。
第3局面の放出は、吉田昌郎所長のもと現場の作業員の必死の努力にもかかわらず、水素爆発を止めることができなかったものであり、地震及び津波に対する対策の不備、原子炉設計のミスによるものである。すなわち、過失による放射性物質の外部放出である。
もっとも、これを単純に過失と呼べるか否かは、必ずしも明らかではない。大地震及び津波の発生が事前に予見され、警告が発せられていたにもかかわらず、必要な対策を怠ったことはいまや公知の事実である。被告人・班目春樹の言葉として有名となった「割り切り」は、未必の故意をも認定しうるのではないか。
(4) 第4局面
最後に、汚染水の漏出及び放出である。原子炉冷却のために続けられている水の注入の結果、大量の汚染水が生まれている。それらが、第1に、原子炉から漏れて施設内や地中に漏出している。第2に、汚染水保管施設の不足により、高濃度汚染水を保管するために「低濃度汚染水」なる表現を用いて、大量の汚染水が海洋に投棄されている。
第4局面の放出は、故意に行われている。あるいは、汚染水が漏出することを明確に認識して、漏出しても構わないという未必の故意で行われている。
ただし、第4局面の放射性物質の放出時点では、周辺住民の避難が終了しているので、これにより住民の被爆が生じたわけではない。とはいえ、放射性物質の放出は現在もなお継続しており、周辺環境に取り返しのつかない汚染を続けている。
第4.
被告人らの認識と行為(被告人全員共通)
1.適用されるべき法令
起訴状は、被告人・東京電力、同勝俣恒久、清水正孝、武藤栄については人の健康に関わる公害犯罪の処罰に関する法律違反及び業務上過失致死傷罪を、その余の被告人らについては業務上過失致死傷罪を掲げている。人の健康に関わる公害犯罪の処罰に関する法律第2条第1項「工場又は事業場における事業活動に伴つて人の健康を害する物質(身体に蓄積した場合に人の健康を害することとなる物質を含む。以下同じ。)を排出し、公衆の生命又は身体に危険を生じさせた者は、3年以下の懲役又は300万円以下の罰金に処する」、同条2項「前項の罪を犯し、よつて人を死傷させた者は、7年以下の懲役又は500万円以下の罰金に処する」。
刑法211条は「業務上必要な注意を怠り、よって人を死傷させた者は、5年以下の懲役若しくは禁錮又は100円以下の罰金に処する。重大な過失により人を死傷させた者も、同様とする」とする。
人の健康に関わる公害犯罪の処罰に関する法律第2条1項は危険犯であり、人の死傷という結果の発生を必要としないが、同条2項は結果犯であり、人の死傷の発生を必要とする。
前節までの検討を前提として、本節では、事故の予見可能性や、被告人らの地位と権限に関連して共通部分の検討を行う。
2.放射性物質の特定
アミカス・キュリエは「自然界には元々放射性物質があり、我々は福島第一原発の事故とは関係なく常時放射性物質を浴びている。いやくしも他人の刑事責任を追及するのであれば、被害の原因とされる放射性物質が福島第一原発の事故による放射性物質であることが特定されなければならないが、現状では全く特定されていない」と指摘する。
放射性物質の特定ができていないことは、アミカス・キュリエ指摘のとおりであるが、もともと自然界に存在する放射性物質によって本件のごとき被害が発生することがないことは自明のことに属し、証明の必要がない。また、福島第一原発周辺の警戒区域、緊急避難準備区域、あるいは計画的避難区域等とされた地域における高度の放射線量が、福島第一原発事故に由来するものであり、それによってさまざまな実害が生じたことは被告人らが認めるところである。
3.事故の認容
アミカス・キュリエは、被告人・東京電力に関して「原子力発電所は、東京電力のような事業者が勝手に製造できるものではなく、すべて国の許可が必要である。東京電力は、福島第一原発を製造してから一度として国が定めた安全基準に違反して運転したことはなく、国の基準を誠実に遵守してきた。現に今回の東日本大震災に際しても、地震直後に制御棒を正確に運転中の原子炉に入れ、直ちに運転を停止させるなど安全基準を遵守した。 他人の刑事責任を問う場合、責任主義の観点から故意または過失が必要不可欠であるが、検察官が主張することは単なる結果論に過ぎない。東京電力は国が定めた安全基準を遵守して運転してきたから、故意はもとより過失すらない」と指摘する。アミカス・キュリエは、すべての被告人について、予見可能性や作為義務違反を否定する。
「国が定めた安全基準」に適合していれば刑事過失を問われるべきではないと言うのは、一般論としては頷づけるところである。
しかし、本件における「国が定めた安全基準」が、単に国家機関によって策定された者と言うよりも、電力会社、原子力安全委員会等の国の機関、政府など「国策」としての原発政策を推進してきた者たちによって、安易に策定されてきたものであることは、もはや公知の事実である。
また、「想定外」という言葉は流行語にもなったが、その真義が「責任を回避するために、想定するべき事態をあえて想定外に置くこと」であることも明らかになっている。
地震について、山崎久隆証人の証言によれば、「そもそもこの地域は、太平洋の日本海溝に面しております。日本の中でもプレート境界型の地震が非常に多発する場所であるということは、地震学の常識です。さらに災害頻度が非常に高い三陸沖という場所があります。この三陸沖から南に繋がるエリアにおいても繰り返しプレート境界型地震が起きるということは、現時点において常識と言っていいレベルの知見になっておりますが、この原発が立地したあとも、日々知見が積み重なっていき、そのことを認識することが十分できただけの時間的な期間はあったと考えます」という。
津波について、山崎久隆証人は「平安時代の869年の貞観地震において、仙台平野が深さ5メートル近くにわたって津波に襲われたこともまたわかっていました。さらにその南側である福島エリアにおいても貞観地震による津波被害があったことは、東大地震研の佐竹健治論文などでも明らかになっておりますので、そのことについて東電は、この3月11
日までのあいだに、複数回にわたり、東電内部で検討会を行い、その結果、最高波高が15メートルに達する巨大な津波が福島第一原発を襲うことを社内の自主研究において明らかにし、その対策をするべく行動をしていたことが、東電内部の資料、あるいは今証拠で出てきておりましたけれども、『お打ち合わせ資料』という名前の資料、それから各種、東電職員がアメリカで行ってきた研究発表、などの場でも明らかです」という。
以上のように、福島第一原発周辺地域において、本件のごとき巨大地震が発生すること、及びそれに伴って巨大津波が発生することは、事故以前に繰り返し警鐘が鳴らされてきたことであり、東京電力その他の被告人らも認識していたはずのことである。
4.シビアアクシデント対策
アミカス・キュリエは、被告人らがシビアアクシデント対策を適切に講じていたにもかかわらず、残念ながら事故を防げなかったと指摘する。
山崎久隆証人によると、「このシビアアクシデント対策は、今回の原発震災という状況の中では、はなはだ不十分であったということはわかっています。言ってみれば性能が足りない、対策を実施したことにして施工、いわばシビアアクシデント対策ができたことにしたという意味で言うならば、私は詐欺罪とさえ言えるのではないかというくらいの代物であろうと考えています。(中略)/具体例をひとつだけ挙げるとするならば、格納容器ベントというものがありますが、格納容器ベントは原子炉格納容器に穴を開けて、事実上、外に排気をするための装置です。これを諸外国で行う際は、当然、排気する以上、放射性物質を大量放出する可能性がありますので、巨大なフィルター装置を使うフィルターベント方式というものになっています。砂や活性炭のようなものを通して外へ出すのですが、排気の通りが悪くなるため、配管を太くしなければいけない。さらに原子炉建屋並みの巨大なフィルタータンクが必要になるとか、莫大な費用がかかります。さらに見た目もそういうものを作りますので、わかりやすいってことになりますよね。/そこで何をしたかというと、東電は既存の空調設備にベント管を継ぎ足すという方法で、いわば継ぎ当て工事を行って、ベント装置を作りました。その結果、今回のベント操作により、水素ガスが逆流をする。つまり、通常の空調配管を逆流してきた水素ガスが建屋内に充満し、水素爆発を引き起こしました。ベント自体が水素爆発を誘発する施工になっていた」という。
すなわち、被告人らに置いて、シビアアクシデント発生の具体的可能性が予見され、それゆえシビアアクシデント対策の必要性も検討されていたにもかかわらず、必要な対策を講じることなく、漫然と放置したか、あえて効果のほとんど期待できない対策を施すにとどめたのである。
5.地位と権限
アミカス・キュリエは、山崎久隆証人への反対尋問において「事故も地震も、いつ起こるかわからいけど確実に起こる、ということはいつ起きてもおかしくない」という状態であったから、被告人らが「刑事責任を問われるというのは、わかりやすく言うと、ババ抜きみたいなものだ」と述べている。
なるほど、事故当時にたまたまその地位にいたがゆえに、それだけで刑事責任を問われることがあるとすれば不条理であることは言うまでもない。
しかし、本件事故に関しては、遅くとも1986年のチェルノブイリ原発事故以来、繰り返し原発の危険性、地震や津波による事故発生の具体的危険性について警鐘が鳴らされてきたにもかかわらず、電力会社、原子力安全委員会等の国の機関及び政府が一体となって「国策」としての原発政策を推進してきたのである。しかも、2007年の中越沖地震による新潟刈羽原子力発電所事故の教訓から、本格的なシビアアクシデント対策が不可欠との認識が共有されるようになってきた時期に、あえてその地位に就きながら、必要不可欠のシビアアクシデント対策を行わなかったのは、過失と言うよりも、未必の故意と言うべきではないかとさえ考えられる。
被告人個人に問われているのは、たまたまその地位に就いていたか否かではなく、当然行使するべき権限を適切に行使してシビアアクシデント対策を講じたのか否かによるものである。
6.緊急避難と言えるか
アミカス・キュリエは、「菅直人らの閣僚は、東日本大震災直後の津波により福島第一原発が全電源喪失に陥ったことを直ちに公表し、福島第一原発から3キロメートル以内の住民を強制的に避難させるなど、最善の手段を講じているので、結果回避を尽くしている」と指摘する。官邸に設置された対策本部が、全電源喪失事態に際して、東京電力にベントの実施要請を行うことを決めたのは、被告人・班目春樹の提案に始まり、協議の結果として、当初は菅直人首相がベント要請を行い、後に海江田万里経産相がベント実施命令を下している。そして、住民の避難指示を行っている。この経過から見て、すべての被告人が住民避難を速やかに行うべく努力したのであって、これは刑法37条の緊急避難に該当したのではないかを検討する必要がある。
第2局面のベントは被告人・菅直人の要請によって実施されたものである。対策本部では3月11日21時頃に、班目春樹委員長の進言によりベントの必要性が共有され、21時23分に、菅直人首相が福島第一原発から半径3キロ圏内に対して避難指示を出した。これを受けて、12日3時06分、ベント実施に関する経済産業相及び東京電力の記者会見が行われた。ところが、現場ではベント実施が困難であり、なかなか実施されなかったため、5時44分、避難指示が10キロ圏に拡大された。さらに、菅直人首相はヘリコプターで現地視察に飛び、吉田昌郎所長にベント要請を行った。ベントがなかなか実施されないので、6時50分、「命令するぞ、命令するぞ」と叫んでいた海江田万里経済産業相が原子炉規制法に基づくベント命令を東京電力に出した。吉田昌郎所長は8時03分にベントを指示し、実際に作業員がベントに着手したのが9時04分であった。
ベントは原子炉格納容器内の圧力を下げるためにやむを得ずになされた措置であるので、緊急避難に当たるか否かを検討する。
第1に、ベントのフィルター問題がある。先に引用した山崎久隆証言によると、東京電力は経費節減のため、必要なフィルターを付けず、放射性物質をそのまま放出するベント工事を行った。菅直人首相らは、ベント指示を出す際にこれらの事実を考慮に入れていない。すなわち、住民の被爆を回避する真摯な努力を行ったと言えるか否かに疑問が生じる。
第2に、避難指示のあり方である。3キロ圏からの避難指示が、10キロ圏からの避難指示に変更になって行った経過は批判を集めたところであるが、菅直人首相らが最初にベント要請を出した際には、風向き等を検討したとの報道がなされている。その意味では、住民の避難を配慮したと言える。しかし、最初のベント指示から実際のベント実施までに12時間を経過したにもかかわらず、実際にベント実施がなされた際に風向きを配慮したとの情報がない。海江田万里経産省がベント命令を発した時点で、風向き及び住民避難状況を確認したという情報もない。ベント実施時にもそのような情報はない。
第3に、避難する住民に必要な情報を提供したか。菅直人首相らはSPEEDIの存在さえ知らず、住民に的確な情報を提供することをしなかった。それに代替するような措置を検討することも、要請又は命令することもなかった。被告人・勝俣恒久らにおいてSPEEDIについていかなる認識があったか否かは明らかでないが、長年にわたって東京電力の枢要の地位にあり、原発運営にかかわってきた被告人らにその知識がなかったとは推定しがたい。また、班目春樹は、SPEEDIを知悉しながら、菅直人首相らに教示しなかったことが明らかとなっている。このため多数の住民が風下に避難し、大量に被曝する結果となったことは周知のとおりである。
第4に、圏内からの住民避難を確認したかを検討する。菅直人首相はベント実施に際して住民避難を指示した。ベント実施に関する経産省らの記者会見は深夜の12日3時06分に開かれた。その後、ベント実施が遅れ、作業員がベントに着手したのが9時04分である。この間、情報を得た住民らが避難を開始したが、避難は完了していなかった。「数ヵ月後にその事実を知った枝野長官は『えっ』と驚いている」(民間事故調査報告書)。情報がもたらされなかったために、官邸は避難が完了していないことを知らなかったと言うが、完了したか否かを問い合わせることさえしなかった。すなわち、住民避難を適切に実施する意思がなかった。
第5に、自招危難と関連するが、本件危難は、被告人らが自らの作為及び不作為によって招いた他人への危難である。しかも、単なる過失と言うにとどまらず、少なくとも東京電力や被告人・班目春樹についてみると、未必の故意と言うべき認識を持ちつつ、自ら招いた他人への危難である。このような危難を避けるために措置を講じたと言っても、それはせいぜいのところ、犯罪の実行行為終了後に、手遅れになってから犯罪を「中止」しようとしたが結果発生に至ったというべき問題である。
以上のことから、被告人らが、ベント実施を住民の被曝回避のための緊急避難として実施させたものとは認められない。
第5. 被告人らの認識と行為(個別検討)
本節では、被告人ら各人の作為・不作為について確認する。その際、前記の4つの局面ごとに認識や作為義務が異なりうるので、それぞれ検討する。
1.被告人・東京電力株式会社、勝俣恒久、清水正孝、武藤栄
東京電力については、先に述べたとおりである。
次に、被告人・勝俣恒久、清水正孝、武藤栄らについて、アミカス・キュリエは「東京電力の歴代の経営者は、一度として国の定めた安全基準を無視して運転するよう現場に指示したことはなく、安全基準を遵守するよう現場に徹底させてきた。/検察官が主張することは単なる結果論に過ぎず、勝俣ら3名は国が定めた安全基準の遵守を現場に徹底させてきたから、故意はもとより過失すらない」と述べる。
しかし、被告人勝俣恒久、清水正孝、武藤栄は、地震及び津波の具体的危険性を予見し、また認容し、シビアアクシデント対策の必要性を知りながら十分な対策を講じることなく、漫然と月日を徒過したものである。また、本件事故のような大量の放射性物質が放出されることも、予見し得たのであり、「放射性物質の放出によって、内部被曝が生じ、遺伝子損傷、免疫機能の低下、持続的炎症などの身体的な障害が生じること」も予見しえたし、現に予見していたのである。
すなわち、第1局面における放射性物質の放出は十分に予見し得たし、現に予見したにもかかわらず、必要な対策を講じなかった。第2局面における放射性物質の放出は、被告人らの了解の下に行われており、故意で放射性物質を放出した。第3局面における放射性物質の放出は、ベントの甲斐なく生じたのか、ベント工事ミスにより生じたのか、必ずしもその機序が明らかではないが、いずれにしても被告人らの故意及び過失によって生じたものである。その結果として、大量の放射性物質を外界に放出させ、周辺住民を被曝させることになった。被告人らの主観面に着目すると、諸局面における故意、未必の故意、過失が複合的であったと考えられる。
なお、東京電力事故調査中間報告書は、事故のメカニズム、事故原因の解析、関係者の実際の行動などについて、これを明らかにすることをあえて回避しているのではないかと疑われるような記載に終始していることも付言しておく。被告人らの事故対応の在り方も、被害の軽減よりも、自らの責任回避の努力が目立つと言わざるを得ない。
以上のことから、被告人・東京電力、同・勝俣恒久、同・清水正孝、同・武藤栄について、人の健康に関わる公害犯罪の処罰に関する法律2条2項及び業務上過失致死傷罪(刑法211条1項)が成立し、東京電力については人の健康に関わる公害犯罪の処罰に関する法律4条が適用される。
2.被告人・班目春樹、寺坂信昭、近藤駿介
アミカス・キュリエは「原子力安全委員会、原子力安全・保安院、原子力委員会は、福島第一原発を含むすべての原子力発電所の事故防止に向けて常時最善の手段を講じているので、結果回避を尽くしている」と指摘し、「想定外の津波」による事故を非難するのは「結果論」であると言う。
しかし、専門家において、地震、津波、シビアアクシデント、放射性物質の放出はいずれも予見し得たし、現に予見していたことはすでに述べたとおりである。
山崎久氏隆証人の証言によると「原子力委員会委員長の近藤駿介氏は、もしもすべての燃料プールが破損するような事態になれば250キロ圏内にいる人たちが避難をしなくちゃいけない、170キロ圏内は強制移住。つまり人が住めないという状況になりうるというシミュレーションを3月25日の段階で出していますが、もちろんその時に、あらためて起きたことを考えて出したものではありません。それよりも前に、小規模の事故シミュレーションはできていますので、単に放出量を拡大すればそういう結果になるという比例計算をしたに過ぎませんので、そういう前提となるような規模の原子力災害は十分予見していました」と言う。
班目春樹委員長は、すでに国会において「割り切り方を間違えた」と認めたように、シビアアクシデントの具体的予見を持ちながら、不当な割り切り方を批判されても、漫然と自己の根拠の不確かな「割り切り」に固執して、事故防止のための作為義務に違反した。
第1局面における放射性物質の放出は被告人らにおいて十分に予見し得たし、現に予見したにもかかわらず、必要な対策を講じなかった。また、東京電力において、不適切な対策にとどめていたにもかかわらず、是正させることもしなかった。第2局面における放射性物質の放出は、官邸における被告人らの提案、協議に基づいて行われており、次いで放射性物質を放出させた。それにもかかわらず、周辺住民の安全のための措置を十分に取るための提言をあえてしなかった。班目春樹委員長は、SPEEDIの存在を知りながら、対策本部における協議の際にも、菅直人首相らにあえて伝えないことにした。第3局面における放射性物質の放出は、被告人らの提案によるベントの後に水素爆発が生じたものであるが、水素爆発についても被告人らには十分な予見可能性があったのに、事前に回避する対策を何ら講じさせることがなかった。
以上のことから被告人・班目春樹、同・寺坂信昭、同・近藤駿介には業務上過失致死傷罪(刑法211条1項)が成立する。
3.被告人・菅直人、海江田万里、枝野幸男
被告人・菅直人は、内閣総理大臣として国の原子力安全行政の最高責任者であり、地震発生後、官邸地下の危機管理センターにおいて、災害対策基本法に基づく緊急災害対策本部を設置し、災害対策を指示するとともに、原発事故対策にも積極的に介入した。海江田万里は経済産業相、枝野幸男は内閣官房長官として、それぞれ国の原発政策に責任を有し、地震発生後、危機管理センターにおいて、緊急災害対策本部に加わり、原発事故対策にも積極的に関与した。
アミカス・キュリエは、被告人らが、福島第一原発が全電源喪失に陥ったことを直ちに公表し、福島第一原発から3キロメートル以内の住民を強制的に避難させるなど、最善の手段を講じ」たと指摘する。
政府事故調査中間報告書は事故直後の対策本部の実態をまったく伝えていないため、具体的な事実を把握しがたいが、民館事故調査報告書は次のように概括している。
「福島原子力発電所での緊急事態の報告を受けた首相ほか官邸中枢は、異様な緊張状態と混乱に陥った。平時の意思決定システムは役に立たず、パニックと極度の情報錯そうのなかでの危機管理が必要とされた」(民間事故調査報告書)。
まず、地震と津波の予見について、山崎久隆証人は「十分認識していたと思います。これも政府は政府機関と首相は一体ですから、政府機関の持っている情報を、政治家たる菅、枝野等が知らないというはずはありませんし、また知らないこと自体は、それ自身の職務能力の喪失を意味しますので、重大な欠陥になります。したがって保安院なり、原子力安全委員会なりが把握をしていた情報は政府がイコール共有をしていた。さらに保安院がそういう情報収集能力がないとするならば、政府は別のかたちで情報を収集し、それを政府決定に活用するべく動くべきであったし、またそれを行うことによって、例えば、アメリカのように80キロ圏緊急避難体制を取るという意思決定ができたと思いますので、現状においては、十分な職責を果たしていないと考えます」と証言している。
また、シビアアクシデント発生についても山崎久隆証言によると、「設置許可申請というのは、以前は、内閣総理大臣が行っておりました。法律が変わり、現在では経産大臣が商業用原子炉の設置許可も行っておりますので、主務官庁は経産省、主務大臣は経産大臣です。当然ながら原子力は国、国策として推進してきたという構造上、以前は内閣総理大臣が許認可をしてきたわけですから、政府として、シビアアクシデントの予見可能性、またはその対策の妥当性について、責任を持っていたし、また責任がある以上、当然シビアアクシデントは起こりえるので、対策を取らなくてはいけない」、「少なくとも菅直人さんは、『原発は誰よりも詳しい』って言ってたから、そのくらいのことは十二分に知っていたであろうと思います」という。
このことから、第1局面及び第3局面の放射性物質の放出について、被告人らには十分な予見可能性があり、結果回避義務を負っていたと言うべきである。
第2局面における放射性物質の放出は、菅直人首相の要請に基づき準備され、海江田万里経産相の命令後に実施された。菅首相によるベント要請の際には緊急避難の要件の一部を満たすのではないかと言えないわけではないが、海江田経産省によるベント命令の時点では緊急避難の成立は認められない。
以上より、被告人らの主観面は故意及び過失が複合していたと考えられるが、本件訴追対象となっている業務上過失致死傷罪との関係では過失の認定がなされれば足りる。それゆえ、被告人・菅直人、同・海江田万里、同・枝野幸男について業務上過失致死傷罪(刑法211条1項)が成立する。
第5.いかなるレベルの犯罪が起きたのか
1.「前代未聞の罪」
起訴状は、被告人らを人の健康に関わる公害犯罪の処罰に関する法律違反及び業務上過失致死傷罪の訴因で訴追している。それゆえ、当法廷の最終判断も、これらの罪名についてなされなければならない。
しかし、果たしてそのようなことで本件事故の具体的評価として十分であると言えるだろうか。刑事責任を問うための法的評価としては、起訴状に掲げられた罪名と罰条に照らして、事実がこれらに当たるか否かを判断すれば事足りる。しかし、本件のごとき人類史上稀にみる巨大な過酷事故についての具体的評価を行うためには、あらかじめ設定された個別の条文という窓から見える情景のみを切り取ったのでは明らかに不十分である。
本件事故の歴史的評価を適切に行い、責任の所在を解明し、再発を防止するためには、本件事故の全貌が見えない巨大さ、底知れない過酷さに向き合って、人類がその歴史において発展させてきたあらゆる法的思考、あらゆる法概念を呼び起こして、根底から問い返す作業が必要である。
申立人・村田弘は、当法廷第1回公判における意見陳述において、「第二次世界大戦で、『平和と人道に対する罪』という考え方が生まれたように、『人間と自然の尊厳を破壊する罪』という新たな概念をつくってでも、この前代未聞の罪を裁いていただきたい。/そうでなければ、私たちは死者と共に、夜な夜な藁人形に釘を打ち続けるしかないのです」と述べた。
申立人・佐々木慶子は「家はそっくりあっても住めなくなり、たくさんの人が先祖代々からの家を追われ、家族バラバラ、転々と居場所を変えなければならなくなりました。突然、身に覚えがないのに『日常の当たり前のくらし』を奪われ、生きるすべを根こそぎ覆された驚き、悲しさ、悔しさ、そして怒りを理解できるでしょうか。ふるさとで長年、培ってきた絆を断たれた苦しみ、寂しさを理解できるでしょうか。これらは全て突然、暴れ出した放射能によってもたらされたものです。手に負えない、暴走を止められない放射能を野に放った責任ははかり知れず大きいのです」と述べた。
「前代未聞の罪」であり「責任ははかり知れず大きい」。このように考えるならば、人道に対する罪や巨大な環境破壊の罪についての思考過程をいったん通過させておく必要性が理解できるであろう。
2.人道に対する罪との関係
そこで改めて検討すると、被害の甚大さはまさに人道に対する罪を思い起こさせる規模である。
水素爆発による衝撃は世界を震撼させた。周辺地域住民は被爆の恐怖にさいなまれながらの逃避行を強制された。避難に必要な情報を提供されなかっただけではなく、重要情報が故意に隠匿されたため、手探りで、恐怖におびえながらの逃避行であった。避難の必要がなかった地域でも、放射能への恐怖が襲った。飲料水や食物の放射能汚染について、全国の人々に不安を抱かせた。
国際刑事裁判所規程第7条1項は、「人道に対する犯罪」を「文民たる住民に対する攻撃であって広範又は組織的なものの一部として、そのような攻撃であると認識しつつ行う次のいずれかの行為をいう」と定義して、殺人、絶滅させる行為、奴隷化すること、拷問、強姦、性的な奴隷、人の強制失踪、アパルトヘイト犯罪などとともに、「住民の追放又は強制移送」と「特定の集団又は共同体に対する迫害」を掲げている。
国際法上の「人道に対する犯罪」は、ニュルンベルク国際軍事裁判、極東国際軍事裁判、旧ユーゴスラヴィア国際刑事裁判、ルワンダ国際刑事裁判などの規程や判例を通じて形成され、発展してきたもので、今日では国際慣習法の地位を獲得していると言えるであろう。
福島第一原発事故による被害が、人道に対する犯罪との関係でどのように理解できるのかを検討しておこう。
第1に、戦争犯罪とは異なって、人道に対する犯罪の要件には、戦時であることが含まれていない。平時であれ、戦時であれ、人道に対する犯罪が成立する。原発事故と言う緊急事態も含まれる。
第2に、客体は「住民」である。原発事故によって避難を余儀なくされたのは福島県民であり、原発周辺の住民である。
第3に、実行行為は「攻撃」である。攻撃の具体的内容は、殺人、絶滅させる行為などに明示されている。
第4に、「広範又は組織的なものの一部」である。一般には事件の巨大さが念頭に置かれる。原発事故による放射性物質の放出は福島県を超えて、首都圏にまで及んだ。東京電力及び日本政府によって組織的に行われた。
第5に、具体的な実行行為である。
(1)住民の追放又は強制移送――この規定は強制収容所へのユダヤ人移送を念頭に置いて形成・発展させられてきた。強制連行と呼ばれる行為形態も同じことを意味する。強制収容所であることが問題なのではなく、住民をその居住地から追い出し、別の居住地へ送り出し、連行する行為が問題なのである。その意味で、放射能汚染の恐怖による緊急の避難を余儀なくさせた行為も、強制移送に類するのではないだろうか。
(2)特定の集団又は共同体に対する迫害――この規定は「政治的、人種的、国民的、民族的、文化的又は宗教的な理由」などによる迫害を指している。福島原発事故の場合、これには当たらないと言えるだろうか。ただ、「犠牲のシステム」論から言えば、福島県民に対する政治的文化的差別に基づく避難強要に類すると言えるのではないだろうか。
原発事故による避難強要、故郷からの追い出しは、「人道に対する罪としての強制移送」「人道に対する罪としての迫害」に当たらないのだろうか。
これらに当たらないとしても、それに匹敵する重大犯罪と言うべきではないか。その意味で、さらに検討を加える必要がある。
3.民衆法廷の役割
当法廷は第1回公判における第1号決定で次のような考え方を示した。
「権力法廷とは違って、民衆法廷には権力がないから、被疑者を逮捕することができないし、強制捜索・押収もできない。仮に有罪判決を出しても刑の執行もできない。被告人を刑事施設に収容することはできない。それでも民衆法廷が歴史を積み重ねてきたのは、民衆の視座から権力犯罪を告発する必要性があったからである。平和と正義を願う民衆の協力によって、権力犯罪の事実を調査・解明し、何が行われたのかを歴史に残し、それがまぎれもない権力犯罪であることを確定し、世界に向かって提示することを通じて、民衆による民衆のための法思想および国際人権法の世界を切り拓いていくことに歴史的意義がある。」
同じく第1回公判において高橋哲哉証人は次のように証言した。
「私は今回の2011年3月11日の事態を、1945年8月15日の事態に比べて考えることも発見的な意味があるかなと思いますけれども、例えばかつて日本は侵略戦争や植民地支配を行いました。そのときに日本の有権者であった者、あるいは大人であった者、こういった者は騙されていたのだとしても、戦争や植民地支配について責任を負っていると思います。したがって敗戦後には、連合国によって一方的に裁かれるというだけではなくて、自国の中で戦争・植民地支配の責任者を日本の民衆自体が裁くということがあればよかったと私は考えておりますし、そのようなことは民衆の権利として、騙されていた側の権利としても十分あるものだと私は考えます。/例えば、もう一つ例をあげますと、日本の同盟国であったドイツですけれども、旧西ドイツは―ドイツ連邦共和国は、連合国によるナチス犯罪人の裁判以後、独立を回復してから、自国の司法でナチスの犯罪人の追及を続けてきました。これも元ナチスの人々が裁くということであれば、当然ドイツ連邦共和国においても問題となったわけですけれども、戦後ドイツの市民が、民主化された国の市民がナチスドイツの犯罪を裁くと、自国の権力が行った犯罪を裁くということには、道理こそあれ、矛盾はないと私は考えます。それと同じことでありまして、今回の原発事故についても、原発推進を黙認してきてしまった等の責任が市民にあるとするならば、むしろこのような事故を二度と繰り返さないために、むしろ市民はその法的責任、刑事的責任の在処を追及する責任があると、私は主張したいと思います。」
それでは民衆法廷に置いて刑事責任を追及することはどのような意味を有するのであろうか。
権力法廷における刑事責任追及が、国家の実力装置による担保によって刑罰執行を目的とするのに対して、刑罰執行を予定しない民衆法廷において被告人の刑事責任を追及するのは、「騙されていた側の権利」であり、民衆自身の責任であり権利であるとするならば、民衆法廷は現行実定法だけを金科玉条として判断するべきであろうか。
そうではなく、福島第一原発事故は、現行実定法に基づいても犯罪であることを確認するとともに、現行実定法を超えた規範のレベルでの巨大な犯罪であることを明らかにすることが求められているのではないだろうか。
たとえ、それが現在ただちに適用できる法規範ではないとしても、行われた犯罪の史上類例のない巨大さ、深刻さ、被害の甚大さを前に、これを射程に入れ得るような法の発展を促すべく努力を積み重ねなければならないのではないだろうか。民衆法廷の任務には積極的な法創造が含まれると言うべきであろう。
このように考えるならば、単に公害罪法や業務上過失致死傷罪の適用を唱えるにはとどまらず、人道に対する罪の適用可能性をさらに追求するべきであると考える。この課題は当法廷の今後の課題となる。
さらに、次のような論点も検討していく必要がある。ます、人道(humanity)に対する罪とともに、人類(human being)に対する罪という観念を検討する必要もあるのではないか。同様にまた、事故が起きたことだけに着目するのではなく、たとえ事故が起きていなくても国策としての原発政策がそもそも犯罪的であったのではないか。そうであれば、いかなる犯罪概念が必要とされるのか。そしてまた、事故が起きていなくても原発政策そのものが日本国憲法に違反していたのではないだろうか。ひいては、法律を超えて、人々の生活様式や文明のあり方という次元でも、原発とはいかなる存在であるのか。
当法廷は、これらの論点について議論を呼びかけるとともに、さらに検討を加えて行くことにしたい。
2012年5月20日
原子力発電所を問う民衆法廷判事
鵜飼 哲
岡野八代
田中利幸
前田 朗
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